2019年11月22日

その目的は?

令和元年度第2学区教育懇話会に参加。前橋市は各学区に分かれて教育委員会との懇話会を設けている。私は敷島小学校のPTA会長として参加した。

青少年メディア研究協会 下田太一氏の講演、「子供を取り巻くネット環境の理解と対策」とグループ協議を経て、意見交換となる。インターネットは、良くも悪くもいきなり世界と繋がることができる。これにより様々な問題が生じる。大事なことは「目的はなにか!?」ということ。「インターネットをする目的は?」「スマートフォンが欲しいその目的は?」

私は講演や協議の中から、親や先生があらかじめ触れないようにディフェンスする、例えばフィルター機能のようなものには限界があると感じる。インターネットは怖いもので使い方によってはとんでもないものになるという学習をさせて、危険な箇所には自分で入らないようにしておくべきだ。それは日常生活と全く同じである。危険な場所には「いけないようにする」のではなくて自ら「いかないようにする」。それには小さな失敗を繰り返していくしかない。スマホを欲しがる子供たちの目的はコミュニケーションだ。もともとは電話であるが、現在は画像、動画などがやりとりできて保存、拡散されたり、対象が見知らぬ人になったりしているという危険性がある。子供たちは皆、自己表現したいし、自己認識してもらいたい、そんな当たり前の感情とSNSなどの親和性の高さから「その中の世界」が出来上がってしまう。

ここで重要なのが一度でも会ったことがある人と、そうでない人を分けるということ。コミュニケーションの最も基本的な会うという行為には様々意味がある。写真や動画では伝わならい生の感覚。私も顔も知らない人とやりとりをすることもあるが、その時の判断は言葉では説明できない感覚的なものがある。その人の所属や会社を調べることもあれば、文面をみて判断することもある。このあたりから判断できるのは、自己防衛できる能力がしっかりと備わっていればスマホを与えても問題ないということ。

与える順番もとても重要だ。パソコン、スマホ、タブレットなど同じように思うかもしれないがそれぞれ違う。成り立ちを考えればわかる。パソコンは創造ディバイスであり、何かを生み出していくもの。タブレットは何かを写してくれるもの。そしてスマホは、電話からの派生ということもあるが基本はコミュニケーションだ。現在はその機能はかなり入り混じっているが基本はそこにある。その時パソコンの役割の大きさを感じる。パソコンは一番〇〇しながらというのが難しい。基本的には座って作業をするし、画面を誰かと一緒に見ることもあるだろう。その点スマホはどこにでも持ち運べる。この部分がとてつもないイノベーションだ。現代の人間にとって、誰かとコミュニケーションをとることは生きるということに直結する。生まれた瞬間から死ぬまで、また死んでもからもお葬式というイベントや、お墓という物体を通してのコミュニケーションもある。

やはり、一回でも実際に会うということはこれからの社会でとても重要な気がする。忙しくて会ってられない、会う必要もない、という人もいるかもしれないが、それによって間違いが起こることもあるかもしれない。だが、一度もあったことがない人に励まされたり助けられたという人もいる。会う会わないは関係ないとすると、その時お互い共感して、信じ合うためには何が必要なのか。コミュニケーションとは突き詰めていくとお互いの欲求を満たすこと。共通の目的の場合もあるし一方通行の場合もあるかもしれない。しかしそれが「一緒に死のう」などという目的では、共感できて信じ合えるとしても間違っていると思う。その時、法律でも規制でもなくて倫理が重要だ。やっていいこと、やってはいけないこと、倫理は教育の目的の一つだと思う。

前橋市議会議員 岡 正己

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